微力だけど無力じゃない。高校生平和大使について聞いてみた

微力だけど無力じゃない。高校生平和大使について聞いてみた

皆さんこんにちは。第22代高校生平和大使、岩手県選出の齊藤愛です。私は今年、高校生平和大使として6月に広島、8月に長崎、スイスを訪問しました。今回は私が取り組んでいる活動を紹介したいと思います。公式HPはこちらからhttps://peacefulworld10000.com/heiwataishi


高校生平和大使とは?

高校生平和大使は、核兵器の廃絶と戦争のない平和な世界の実現に向け「微力だけど無力じゃない」をスローガンに掲げ活動しています。1990年代後半、世界中で核実験が次々と行われたことに危機感を募らせた長崎の市民が世界に直接核兵器廃絶を訴えるために、長崎の高校生2人をニューヨークの国連本部に派遣したことから始まりました。第3代からは軍縮会議が行われるスイス・ジュネーブの国連欧州本部へと訪問先を変更し、これまで20年以上活動を続けています。そして、市民の支えのもと続けられてきた高校生平和大使は2013年に外務省から第1号の「ユース非核特使」を委嘱され、2014年から3年連続で各国の大使が集まる軍縮会議の場で民間人初となる演説を行いました。これまでに活動してきた高校生は250人を超え、活動の幅を広げています。今年は、全国で16都道府県から過去最多となる23人の高校生が選ばれました。

 

なぜ高校生平和大使になろうと思ったのか

私が高校生平和大使になろうと決めた理由は大きくわけて2つあります。1つ目は、昨年に日本青少年訪韓団として韓国を訪れ、北朝鮮と韓国の国境付近にある DMZ(非武装地帯)を訪問したことです。DMZの訪問で休戦状態にある2か国間の緊張と軍事的脅威の恐ろしさを実感し、自分が暮らしている国のすぐそばの国でこのようなことが起こっていたのかとショックを受けました。戦争や紛争は決して他人事ではないのだと実感し、そして、平和な世界をつくっていくために自分に何ができるのかを考えるようになりました。2つ目は私の東日本大震災の体験を多くの人に伝えたいと思ったことです。岩手の平和大使の役割に「東日本大震災被災地の現状を世界に伝え、国際連帯の大切さを訴える」ことがあります。震災を経験した私だからこそ伝えられることがあるのではないか、そして震災の時にいただいた支援の感謝を直接伝えたいと思い、高校生平和大使になろうと決めました。

どんな活動をしているの?

今年の主な活動は以下の通りです。

6月15日~16日 広島市にて広島研修・第22代高校生平和大使結団式

8月7日~9日 長崎市にて長崎研修

8月17日~23日 スイス訪問 

8月24日 長崎市にて帰国報告会

このほかにも、「高校生1万人署名活動」にも取りくんでいます。この署名活動で、核兵器の廃絶と平和な世界の実現を求める署名を集めています。全国で多くの高校生が参加しており、日々街頭に立ち署名を集めています。集められた署名は毎年、高校生平和大使によりスイスの国連欧州本部に届けられています。今年度は全国で過去最多の21万5547筆の署名を集めることができ、累計の総署名数は200万筆を超えました。

広島研修・第22代高校生平和大使結団式

6月15日~16日に広島市を訪問しました。ここが全国の22代の大使と初顔合わせでした。15日は被爆者の原田浩さんから被爆体験を伺い、広島平和公園内のフィールドワーク、広島原爆資料館を見学しました。私は初めて被爆者の方からお話を聞き、原爆というものの恐ろしさや被爆者の方の悲痛な思いに胸が痛くなったことを強く覚えています。原田さんは、「本当は被爆体験について話したくないが、語らざるを得ないから話している」とおっしゃっていました。体験を語るということは、身内にさえも話せないほど精神的な負担が大きく、実際に体験を語る活動をされている広島の被爆者の方々は被爆者全体のわずか数%だということを教えてくださいました。そのことを受け、原田さんから教えていただいたことを胸に刻み活動していくと誓いました。翌日16日には第22代高校生平和大使の結団式が行われ、自分の決意をスピーチしました。

長崎研修

8月7日~9日に長崎を訪問し、様々な集会に参加しました。原水禁世界大会や連合2019平和ナガサキ集会、ピースブリッジ、若者早朝集会、平和祈念式典に参加し、被爆者の下平作江さんのお話を伺いました。私たちと同様に核兵器廃絶を目指して活動しているたくさんの人と交流することができ、自分の平和に対する考えがより一層深まりました。

原水爆禁止世界大会開会式
若者早朝集会での人間の鎖

スイス訪問・帰国報告会

8月17日~23日にかけてスイスを訪問しました。19日にはジュネーブ市内で、ICRC(赤十字国際委員会)、UNIグローバルユニオン、世界YWCA、軍縮会議日本政府代表部を訪問し、夜は日本政府主催のレセプションに参加しました。赤十字国際委員会では、ICRC武器ユニット政策顧問のマグナス・ロヴォルトさんが講演をしてくださりました。また、ここでは岩手の平和大使として2011年に発生した東日本大震災でいただいたたくさんの支援の感謝を直接伝えてくることができました。UNIグローバルユニオン、世界YWCAでは20人の平和大使が核兵器廃絶や平和な世界の実現を目指す思いを英語でスピーチしました。縮会議日本政府代表部では高見澤軍縮大使と直接お話し、軍縮に関する取組や見解、世界情勢などについて伺いました。その後参加したレセプションでは、核兵器保有国を含めた約30か国の外交官の方と食事をしながら意見交換をしました。各国や世界の現在の情勢を多面的に考える機会となりました。

レセプションの様子

20日には国連欧州本部を訪問し、軍縮会議を傍聴しました。会議の冒頭に議長から、私たち高校生平和大使の紹介があり、また会議中にも話題に取り上げられることがありました。ベネズエラ・南アフリカ・中国・日本・ベトナムの大使の発言を傍聴しました。 その後、国連軍縮部を訪問しました。ここでは私たちから、今年度分の署名数・累計署名数の提示を行い、全員が核兵器廃絶や平和な世界の実現を目指す思いを英語でスピーチしました。その後、アニャ・カスペルセン軍縮部長と意見交換を行いました。 「互いに相手を認め合い、誰もを家族のように見られる平和な世界。誰にも脅かされず、おびえることの無い平和な世界、そんな世界に核兵器はいりません。」と述べられ、私たち若者がなぜ、今行動すべきなのか、それはこれから先、私たちが世界を担うことからだと感じました。

軍縮会議傍聴
国連軍縮部でのスピーチ

21日はトローゲン州立学校での交流を行いました。ここでは、5つのグループに分かれ、現地の学生と直接意見交換をおこない、折り鶴を一緒におりました。署名活動や各種派遣といった私たちの日々の活動をつたえると、より理解が深まり同世代の想いを共有することが出来ました。

22日は、ハイデンの、赤十字の創設者、アンリ・デュナンの記念博物館を訪問しました。9年前に長崎の地からハイデンへ贈られた「長崎の鐘」を全員で鳴らしました。記念博物館では「戦争と社会的貧困のない世界」を目指したアンリ・デュナンの人生から、私たちがたとえ核兵器廃絶に無力感を感じたとしても、一歩ずつ着実に進むことの重要性を学びました。その後、職員の方と交流会を行いました。赤十字社の代表のマーリスさんに、核兵器廃絶の障壁について尋ねると、核抑止論を挙げられました。それを変えるために、「歴史に目を向けること。これまで人類は争いを続けており、そこでは兵器が使われてきた。武力で争いを防ぐ事は出来ないと知らなければならない」と答えられていました。

今回の派遣では、国や文化は違っても核兵器廃絶という共通の目標を通して多くの人たちと考えを深め、共有することができました。それと同時に、自分の知識不足を痛感しました。核兵器の廃絶が難しいといわれる背景には、深い歴史や思想、政治、経済など様々な要因が絡んでいることを改めて学びました。様々な面から核兵器廃絶にアプローチしていけるように、これからさらに学習していきます。

最後に

活動する中で私はこの活動を通じて多くの貴重な経験ができただけでなく、全国で活動する多くの同志や仲間と出会うことができました。全国の平和大使の存在は、私にとって活動のモチベーションでもあり支えでもあります。そんなかけがえのない仲間と出会えたことは一生の宝物です。また、活動全体を通して自分の平和に対する考えを深めることができました。私の思う平和とは、「他人を思いやり、信じること」です。互いが互いを思いやり、信じあえるその関係こそ、平和な世界へつながる第一歩だと確信します。私はこれからも平和な世界をつくる一人として、平和の輪を広げていきます

一緒に活動してみたいという方はぜひ、高校生1万人署名活動に参加してみてください。全国16都道府県(北海道・岩手・福島・新潟・東京・神奈川・静岡・奈良・京都・大阪・広島・福岡・佐賀・大分・熊本・長崎)で活動しています。各県ブログやツイッター、インスタグラムなどSNSでも活動を発信していますのでよかったら見てみてください。皆さんの参加を待っています!微力だけど無力じゃない!

拙い文章でしたがここまで読んで下さりありがとうございました。

第22代高校生平和大使(岩手県選出) 齊藤愛

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