【思い出をことばに!】第10回 「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

こんにちは!今回は“おいしい記憶”にまつわるエッセー・作文コンテストの紹介です。


〇このコンテストってどんなもの?
読売新聞社と中央公論新社主催、キッコーマン株式会社の協賛のもと開催されているコンテストです。

笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を教えてください!

(公式HPより引用)


《コンテスト概要》

一般の部、小学生の部の2部門があります。

【一般の部】(エッセー)
テーマ :食にまつわる、笑顔や優しさ、活力などを与えてくれる思い出やエピソード

字数:1200字程度

:・キッコーマン賞(1点) 30万円
・読売新聞社賞(1点) 30万円
・優秀賞(10点) 2万円
7月中旬に東京で表彰式を開催予定です。

【小学校低学年・高学年の部】(作文)
テーマ :ごはんや食べものについての思い出やエピソード

字数 :800字程度

:・キッコーマン賞(低学年の部最優秀賞1点) 図書カード1万円分+副賞*
・読売新聞社賞(高学年の部最優秀賞1点) 図書カード1万円分+副賞*
・優秀賞(各部2点、計4点) 図書カード5千円分
7月中旬に東京で表彰式を開催予定です。
副賞*・・・1日読売KODOMO新聞記者体験

応募方法 :表紙に①応募する部〈A:一般 B:小学校低学年 C:小学校高学年〉②題 ③氏名(ふりがな) ④年齢 ⑤性別 ⑥郵便番号 ⑦住所 ⑧電話番号 ⑨何を見て応募したか ⑩2019年1月1日時点の学校名・学年(小学生部門に応募の場合)を明記し、封書で郵送してください。
(その他詳細につきましては、公式HPをご覧下さい。)

募集期間 :1月5日(土)〜5月7日(火)必着

発表方法 :2019年7月中旬の読売新聞朝刊と、8月中旬発売の『婦人公論』に掲載予定です。


食べることが大好きな方、食べものを通じて得た大切な思い出のある方、奮ってご参加ください!!
過去の受賞作品は公式HPに掲載されています。

公式HPはこちら!
https://yab.yomiuri.co.jp/adv/oishiikioku/


※この記事は株式会社シーピーファイン様からの依頼記事となっています。内容に関してのご質問等は株式会社シーピーファイン様に直接お問い合わせください。

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1 個のコメント

  • 「おいしい記憶」エッセーコンテストの原稿をお送りしましたが、連休中のため7日まで届かない可能性があるのでこちらでも、お送りします。
    「おいしい記憶」エッセーコンテスト
    ① 応募する部: 一般
    ② 題:「母の味噌汁、私の味噌汁」
    ③ 氏名: 松岡幸三(まつおかこうぞう)
    ④ 年齢:68歳
    ⑤ 性別:男
    ⑥ 郵便番号:870-0852
    ⑦ 住所:大分県大分市田中町18-1
    ⑧ 電話番号:097-543-3976
    ⑨ 何を見て応募したか <D>その他(登竜門)

    昨年。母の十三回忌を行った。母を知る人は「あなた方兄弟はお母さんのお陰で今があるのよ」と、繰り返し言った。母は料理上手で、いつも台所でコトコトと仕事をしたり、掃除をしたりと、少しも体を休めることのない人だった。母は、私が四歳の時に離婚して、私と弟を女手一つで育ててくれた。仕事を持ちながら、家事もきちんとやる人だった。
    毎朝の朝食は味噌汁と決まっていたが、前の晩からイリコを水に入れ、豆腐は水切りをして、私達に美味しく食べさせてくれた。それでも母は私達に「今日の味はどう」と聞いてきた。母の味噌汁の味しか知らない私達はそっけなく「おいしいよ」と言うだけだった。今にして思えば、母の味噌汁をもっと味わって美味しく食べるべきだった。
    母が元気なうちに私は結婚して子供も三人できた。それでも台所は母が中心で、私の家内に我が家の味を少しずつ伝授していた。健康にも注意を払い、元気で働く様子を見て、母の知人は「あなたは百歳まで生きるよ」と言っていた。その母が七十七歳の時、胃癌で突然亡くなってしまった。母が病床に着くのはこれが初めてだったので、私は自分で朝食を作るようになった。家内は小さな三人の息子の世話に忙しく、私は出勤時間が早かったからだ。
     それから、味噌汁を作るのは私の仕事になっていった。すると母が毎朝「今日の味噌汁の味はどう」と聞いていた意味が分かった。同じ味噌汁でも、味噌の量、具材などによって微妙に味が変わるからだ。私は最初の頃、ダシも入れることも知らず、家内から教わって初めてダシの重要性を知った。私は粉末のダシを使ってやっと本物の味噌汁の味らしくなっていった。それでも、具材の組み合わせや味噌の量などが分からず母の味噌汁の味には遠く及ばなかった。
     当時、私は県立盲学校に勤務していた。盲学校にはランチタイムがある。管理栄養士の方がメニューを決めるのだが、時々その中に味噌汁があった。その味噌汁が美味しく、母の味に近かったので栄養士さんに「どうやったら、あんな美味しい味噌汁が出来るのですか」と聞くと「お醤油を一滴垂らします」と教えてくれた。私はそれを「味噌が多すぎても、少なすぎても美味しい味噌汁にならないが、最後の味の調整を醤油でしている」と自分なりに理解した。
     そして毎日「明日の味噌汁には何をいれようか」と日頃から考えるようになった。そんなある日小学校へ入ったばかりの三男から「近頃の味噌汁はだんだんおばあちゃんの味に似てきた」と言われた。この息子の一言は、それから毎朝味噌汁を作る大きなモチベーションになった。
    夕方、空になった鍋を見ると、ほっとする。もうこの三男も成人して働くようになっている。
     今でも私はラジオ体操に出かけるため早起きをするので、味噌汁は私の仕事だ。そして毎日家族に「今日の味噌汁どうだった」と聞いている。しかし母の味噌汁にはまだまだ及ばないようだ。

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