【マイプロジェクトアワード】日本一に輝いたパイセンが語る!

実際に校外プログラムに参加した高校生による参加者体験談「パイセンに聞いてみた!」
今回は「全国高校生マイプロジェクトアワード」について全国大会出場を果たしたパイセンに取材しました。


はじめに

どうも皆さん、こんにちはこんばんは。

名古屋市立大学のダルモマイケルです。よろしくお願いします!

今回全国高校生マイプロジェクトアワード ※通称(マイプロ)について記事を書こうと思います。

私が参加したのは2016年度と2017年度です。私は、各地域で開催されるブロック大会から全国summitまでのすべてのプログラムに参加した経験があるので、マイプロについて語っていきたいと思います。

・マイプロとは

マイプロジェクトではジブンから生まれる“こうあってほしい”をみつけて、プロジェクトを立ち上げ、実行する高校生の活動のことを指しています。

基本的にマイプロジェクトの判断基準は計画性というより「オーナーシップ」であり、極論を言えば「何もかも今は足りない。だけど、地域を変えたい気持ちは誰にも負けない」思いを競い合う大会となっています。

大会の流れ
書類審査(個人・グループ部門or学校部門)
  ⇓
ブロック大会
(東北、首都圏、関西、九州、オンライン、島根)
  ⇓
全応募から42組が全国summitに進出

その中から決勝プレゼン各部門4組計8組が選ばれ、審査員からは文部科学大臣賞テーマ賞参加者の高校生からの投票で高校生特別賞が決まります。

そんなマイプロジェクトとの出会いから話していきたいと思います

・私とマイプロジェクト

「些細な思いが自分の人生を大きく変えた」

事の始まりは私が高校2年生の1月中旬でした。それまで私はボランティアやプロジェクト活動をしていましたが、みんなからは煙たがられ、家に帰れば価値観が違う父から怒られるという精神的に孤立した日々を送っていました。

だからその日の夜はふと思ったのです。

「自分の好きなことに胸を張って語れる舞台に私は行きたい。」

そして無意識に検索エンジンに「高校生」「プロジェクト発表」とキーワードを打ちこみました。そしてマイプロに出会ったのです。

「ここだ。ここが、私がいてもいい場所なんだ。」

その日はなんエントリー申し込みの3日前だったのです。深夜の時間帯に顧問に電話をし、「こんな最高の大会いつ出るの?今でしょ!!」と顧問をせかし、期限ぎりぎりで書き上げたのは今でも覚えています。

あのときの些細な思いがなかったら、今の私はいないと思えるようなマイプロとの出会いのエピソードです。

マイプロ2016(関西ブロック大会と全国summit)

書類選考も無事に終わり、初めてにして関西ブロックへの出場が決まりました。

関西ブロックはほかのブロック大会とは違い、プレゼンテーションは紙媒体で行うので、前準備をしっかりしました。しかし、当日を迎え、いざグループ割を見てみると、、、

全国大会への切符をかけて競い合うライバルたちは、どれも他大会で優秀な成績を収めているばかりのつわもの連中でした。それに比べて私たちは無名のルーキーで、その上に緊張で片頭痛や腹痛で最悪なコンディションでした。

だけどもわたしはあきらめませんでした。

「自分の居場所になれるものを見つけたんだ、やるんだったら最後には燃え尽きるくらいこのプレゼンにすべてをかける」という決意したら、アドレナリンが出ているせいか体が楽になりました。

そして結果は、、、、

マイプロ2016年度にて受賞の様子

全国への切符をつかみました!!

そしてマイプロ2016全国summitへと進んだ私は、同じ参加者の高校生の仲間たちのお陰で決勝プレゼンへと進出!

なんとその年唯一のW受賞を果たしました!

「このマイプロジェクトはとてもアツイ!」人に送られるベストスピリットアワード」というテーマ賞と

大会に参加した高校生が「この高校生は日本一のマイプロジェクトだ!」と思ったマイプロジェクトに対して投票で決まる高校生特別賞」の二つの賞です。

今でもその時の私のプレゼンを知っている参加者が言った言葉を鮮明に思い出します・・・。

本気のプレゼン

 

「プレゼンで人の思いを変えることができるんだと初めて感じた。」 

 

無名の農業高校生が些細なきっかけから日本一の賞をいただいた。まさにビギナーズラックが発揮された大会です。

マイプロであった人から様々な大会へと紹介されるようになり、紹介された大会でも好成績を収め、全国へ私、マイケルの活動「美濃加茂市と僕」を発信することができました。

繰り返しますが、マイプロは私の人生を変える大事なターニングポイントだったのです。

・マイプロ2017(完璧が!?)

 

マイプロ2016を終えた私には新たな目標ができました。それは「もう一つの部門で二連覇を果たす」というものです。マイプロには「学校部門」「個人・グループ部門」の二つがあります。

マイプロ2016では学校部門としてエントリーさせていただきましたが、学校でやっている活動の他に、「個人・グループ部門」としてエントリーしても十分に自信もって発表できるものが私にはありました。それは堂上蜂屋柿の特産品PR以外に私個人が岐阜県美濃加茂市に対して行なっている活動です。そしてこの個人の活動はなんと他大会で「文部科学大臣賞」を受賞しているもので、内容的に負ける気がしませんでした。当時私は卒業を控えた高校3年生でマイプロへの挑戦はラストチャンスです。

不安要素をできるだけなくせるように一ヶ月もかけてプレゼンの準備と練習に集中しました。慢心も少しありましたが、マイプロ2016から多くの人たちに出会い、多くの経験を得た私は負ける気がしませんでした。

そうして迎えたブロック大会の関西大会。順調に決勝戦まで進み、練習に練習を重ね、そして常に改良を加えていく私のプレゼンを披露しました。手応えバッチリです!!

そして結果は、、、、

 

「決勝戦敗退」です。。。。

活動内容は他大会で大臣賞をとったものであり、プレゼンは練習に練習を重ねた上に、当日でも改良を加えながら発表していたにも関わらずナンデナンデナンデ、、、と戸惑っていました。

わからなかったので審査員に理由を尋ねることにしました。

「マイケルくんのマイプロジェクトは完璧すぎて非の打ち所がないから、マイプロの趣旨とは違うと思ったからかな?」と言われました。

ん?完璧なのがダメなの!?

マイプロは「逆転・番狂わせ」が特徴の大会です。去年の勝者だった私が、今度はマイプロの番狂わせの被害者となったのです。

実際に自分に勝ったマイプロは組んだばかりで手探り状態だけど、なんとかしようとする気持ちはあるメンバーのプロジェクトでした。

私はマイプロの趣旨が「何もないけど、自分の周りの環境を変えたい」という高校生にスポットライトを当てる大会だということを今一度実感しました。

私は初心の気持ちを忘れていたんだとその時痛感しました。本当にマイプロは私が人生を歩む上で大事なターニングポイントになっているようです。

・最後に〜マイプロをやってみたいという高校生へ〜

以上が私とマイプロの話です。何度も行っているようにマイプロは「何もないけど、自分の周りの環境を変えたい高校生」にスポットを当てた大会でそこには発表技術や実績は関係ないと私の経験を持って確信しています。

だからこそ「自分は何もないから、どうせできないや」と諦めずにまずはマイプロで言葉にして自分の思いを表して見ませんか?

自らの努力が輝く場である

そんな貴方が輝ける場所がマイプロにはきっとあるだろうと

私は思っております。

ご精読ありがとうございました。

公式サイトもご覧ください。

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